【特別対談】スボラ主婦連盟の考えるSDGs

「異常気象だよねえ」という会話を毎年していたり
ここ数年、各地で災害が起こるのが、なんとなく当たり前にもなりそうな
「これからの地球の未来はどうなるのだろう?」と考えたことはありませんか。

これは日本だけの問題ではなくて、世界でも言われているお話。

 

ー私たち人間が好き勝手に大量生産や大量消費を続けたら、
将来、今のような暮らしを維持できるのか

ー歯止めがかからない地球温暖化に何ができるのか?

ーニュースでしばしば目にする、テロや暴力を根絶することはできるのか

そんな地球規模の問題に、
世界のすべての国が連携して取り組みがされているのを
ご存じでしょうか。

名付けて、SDGs(エスディージーズ)。
こんなマークを見たことはありませんか?

世界のどんな国や環境に生まれ育っても、
誰もが元気に活躍できる社会を作ることを目指そうね、とうことで
国連で定められた17の目標なんです。

詳しく、わかりやすい説明は、こちら

そうね、大切よね。
とは言っても、ズボラ主婦のわたしがいったい
ふだんのくらしの中で何をしたらいいのか?

って考えると、むずかしい気もしてきちゃう。
毎日が一生懸命だしね、忙しいしね。

そこで、ズボラ主婦連盟は、
我々ズボラ主婦が世界のためにできることを、
SDGsをユニークな方法で伝えている
イマココラボさんと対談をしました。

私達一人ひとりの毎日の生活から出来ることを
探っていきたいと思います。

 

 

対談した2人のプロフィール

■浅倉ユキ(通称あな吉)
全日本ズボラ主婦連盟 代表

2004年より料理研究家、時間管理研究家
などとして活動。起業当初から一貫して、
「女性の暮らしのストレス値を下げる」をモットーに
さまざまなサービスを提供。著書27冊。

 

◆桝田 綾子 一般社団法人イマココラボ 営業/プロフェショナル・ファシリテーター
大学卒業後、人材育成に関するコンサルティング業務に従事。妊娠・出産を経て退職。
出産後、NPOや地域団体の運営に携わりながら、コーチングやクリーン・ランゲージなど、クライアントが自身を理解し、成長をサポートする技術を学ぶ。 多様な背景を持つ人々が、共に未来を見るための概念としてSDGsに関心を持つ。 2017年7月からイマココラボに参画、現職。

 

 

主婦はみんな「本当はやってらんないよね」と思っている。
100人いたら100人の限界の声を聞いてきた ー浅倉

ー浅倉 SDGsが掲げる17の取り組みのなかで、

わたしたちにズボラ主婦連盟に

一番大きく関係するなと

思ったものが、ジェンダーの問題です。

SDGsの指標でみると、日本の男女平等の状況って

日本は149カ国中110位なんですね。

 

これを見て、ああ、と思うものがありました。

ずっと女性を応援する仕事をしてきて感じているのは、

たくさんの女性たちが家事労働、育児に

大きな負担を感じているということ。

それを男性に言うと「男だってがんばってる」とか

「昔よりはだいぶましになったはずだ」とか

言われちゃったりするんですけど

まぁ、でも、SDGsの指標を見る限り、

世界的に考えても

日本女性の抱えている、家事育児の負担感というのが

ちゃんと数値にもでているなと思ったのです。

 

ー枡田
ええ。この数値は労働時間、家事育児に従事する時間だったり、

政治など社会の意思決定への関与度から算出されていいるのですが、

日本は先進国G7中ではダントツの最下位。

経済的には十分潤っているよねと言われる国の中ではダントツに最下位。

世界的にも相当ひくいですがG7ではダントツの最下位。です。

大事なことなので3回いいます・笑

 

 

この評価は国ごと、17項目ごとに

達成見込み、努力しないとまずい

そして問題です!という感じで色分けされています。

そのなかで、日本のジェンダーへの取り組みは赤信号!と

はっきりでています。

日本では、食、健康、水、など生きる上で基本的なニーズは

赤信号ではない=ある程度満たしている中で、ジェンダーのみ赤信号。

赤なのはアジア圏の中でも日本だけです。

 

\ちょっと教えてSDGs/

【すべての女性と女児のエンパワーメントを図る】
女性のエンパワメントとジェンダーの平等は、持続可能な開発を促進するうえで欠かせません。女性と女児に対するあらゆる形態の差別に終止符を打つことは、基本的人権であると同時に、他のすべての開発領域に対して波及効果があると言われています。
_ _ _ _ _ _ _ _ _
で、これは世界の目標。
ちょっと前のウーマンリブ、女性推進社会が浮かぶ方もいるかも知れません。
では、日本で実際にどうしていったらいいのか?をズボ連はどう考えるか?にご注目ください。

 

ー浅倉 みんな正直なところでは、

日本での子育てや家事が大変だなあって

そういう実感がありますよね。

SDGsのこの数値は、

世界的に見ても「うん、そうなんだよね」って

ことなんだろうな。と思います。

 

その一方で女性たちは「でも、ちゃんとやらないといけないから」と

あきらめて、受け入れてしまっているところも

あると思うんです。

そういう社会で生きているから。

 

 

なのでズボラ主婦連盟は、『ズボラ』って言う言葉の中に、

もしかしてわたしたち、

そんなにがんばらなくてもいいんじゃない?とか

こんなにがんばらなくたって、幸せになれるんじゃないの?

というメッセージを込めています。

 

 

ー枡田 日本に深く根付く、男尊女卑の文化のなかで、

家事労働だとか、子どものケア、

家族のケアをするというのが

経済的な意味では、価値がないとされていること。

そしてそれをするのが

女性だというのがセットになっているんですよね。

女性には生産性がないというような発言が

折に触れて問題になるのには、そういう背景がある。

SDGsジェンダーの項目が赤なのは、

そういった文化の背景もあると思います。

 

 

ー浅倉 そういう目で見るとズボラ主婦連盟の主張はどう思われますか?

 

ー枡田 とても共感できるのは、

「じゃあ男性と並んで経済的に価値のあることをしよう」とか

「社会的に認められることをしよう」というのでもなくて

 

どちらかというと

「こうすべき」「女性はこういうことをやるべき」

というのを、女性自身が信じなくていいんじゃない?

と提唱しているところです。

 

 

ー浅倉 そうそう。ズボラ主婦連盟が伝えたいのは

べつに家事のこと、おうちのことを

そこまでがんばらなくても

意外と大丈夫なんじゃない?

という話なんです。

 

今おっしゃったみたいな、昔ながらの価値観に

こたえるだけが女性の人生ではないということ。

少なくとも、世界のすべての国の女性が

別にここまでがんばっているわけではなくて

全体から見たら、日本女性はだいぶ負担が重いほうみたいだね。

という、そこに気づくことからかなと思っています。

 

例えば、海外に行って思うのは、

フランス人の朝ごはんは

一生デニッシュとカフェオレだったり、

ドイツは冷たいチーズとハム、とかで

火なんて朝から使わない。

そんなことが当たり前だったりします。

もちろん、誰もそれに不満を持たないわけです。

 

でも、わたしは料理の仕事をしているんですが

日本の主婦の方からは、晩ごはんならまだしも、

朝ごはんについても、よく聞かれるんです。

「朝ごはんにバリエーションが少ないんです、

どうしましょう」って。

「朝ごはんなんてワンパターンでいいよ!」って思うのですが

そんなささいなことまで、当事者は

もっとがんばろうと思ってしまう。

がんばってしまう。

その気持がどこから来るのか?

みんな当たり前に思って、がんばっているスタンスが

いつも気になります。

 

 

「これくらいできて当然(=できていない)」という思い込みが
女性自身の自己肯定感の低さとつながってしまうー枡田

ー枡田 家事への期待値が高いんですよね

 

ー浅倉 ええ。そしてここがポイントなんですけれど

男性の期待値が高いのが問題なのかというと、

それだけではなくて

実は女性自身が「こうしなければ」という思い込みが

とても高いのだと感じます。

朝ごはんにしたって、家族に「バリエーションが少ない」って

文句言われた、という人ばかりではなくて

だれからも言われないのに

「もしかしてワンパターンじゃダメなんじゃないか」って

女性自身が、ふと不安になってしまう。

 

ー枡田 ああ。ジェンダー=女性が開放を求める運動ではなくて

自分たちがこれくらいできて当然。というハードルが相当高いんですね。

 

 

ー浅倉 そうです。そして、これは

女性の自己肯定感と関係していると思っています。

ちゃんとできていないと、ダメなのではないか

母失格、妻失格なのではないか、と

罪悪感を抱えてしまう。

 

できないことがある、欠点だらけの自分だって

別にいいんじゃない? うちの家族に納得してもらえば

問題ないんじゃない? にはならないんですよね。

 

我が家のことですが、この間、うちの20歳の長女に

部屋がちらかっていると注意したら

「そうね、でも何度注意されても片付けられない、ポンコツな自分が

ちょっとかわいくて、ちょっと好き」と言われて

絶句したのですが。。。

でも、自分はこれでいい。

できないことがいっぱいあっても

そんな自分でも問題ないんだ、って

開き直る根性ね。これ、もしかしたら

日本で女性として生きていくには

案外、必要とされていることなのかもしれません。

 

ー枡田 ここまでできなくてはならないと

世間では思われているから、到達しなくちゃ。

そういう設定が、女性の中にあるんですね。

まだそこまで至ってないと、

自分が自分を、認めてあげられない。

 

 

ー浅倉 子どもも夫も、実はそこまで要求していないし、

あるいは要求していたとしても、自分が納得できないなら

「そこまでやれない」って主張したって、別にいい。

パートナーも寝ないでここまやってと言っているわけでもない。

 

なのに自分の基準が高いから

「やれるようにならなくちゃ」

「全部こなして、文句言わせないようにしなくちゃ」

と、がんばりすぎることがある。

 

 

 

女性が、自分自身の中にもっている

その捉え方=ジェンダーバイアスに気がついて、

なにもがんばらなくても、

うちは、わたしは、これでいいんだ、と

判断していかない限り、

ジェンダー平等は実現しないんじゃないかなと思います。

 

そのために、ズボラ主婦連盟は

「自分はこれでいい」「うちはこのぐらいやればいい」と

無理のない範囲を自分で決めちゃっていいんだよ、と伝えていきたい。

それを決められる、精神的に自立した女性のことを、

【ズボラ主婦】と言っています。

それ以上のことをする気がない。という自分を認めたい。

 

ー枡田 主婦業はここまで。と自分で決めたい

 

ー浅倉 ええ。それがジェンダー問題には不可欠だな。と

ひとりだけ手抜きするのは気が引けるなら、

みんなでいっしょに開き直っていこうよって意味で

「全日本」とか「連盟」って言ったりして(笑)

 

わたしたちズボラだから

めんどくさいし、実はやりたくないもん。

やらないで済む方法ってないのかなー?

って堂々と話し合っていきたいと思います。

<まずはちょっとした一歩から>

SDGsで掲げているジェンダーの平等が、日本は世界的にみても達成率が低いことが、数値的に表れています。
それはもちろん、社会の構造、男尊女卑みたいな文化や歴史があり、だからこそ、みんな無意識に受け入れてしまいがち。
誰に言われたわけでもないのに、女性が自分でハードルを上げてしまっているために改善できない一面も。

そこで

「みんなが守らなければ」と無意識に受け入れているルールって「はたして本当??」と思ってみる。
みんなで開き直って、ズボラなので。と堂々と言ってみる。
人に聞かせなくてもいいので、少なくても自分につぶやいてみる。

それがズボラ主婦連盟の【暮らしやすさ】の提案です。

 

 

怒り過ぎちゃう、叱りすぎちゃう、手が出ちゃうは軽度の虐待
ズボラでない人はいないから、認められたらもっと優しくなれるー浅倉

ー浅倉 ズボラって何がいいかというと、

これはSDGs目標の10番目

「平和と公正をすべての人に。暴力、暴力の死亡率を大幅に減少させる」

子育ての中での虐待なども関係すると思っているんですよ。

 

子どものいる主婦の方と話をしていると

怒り過ぎちゃう、しかり過ぎちゃう、手が出ちゃうという悩みがすごく多いんです。

ママたちが、自分をコントロールできないという悩みを抱えている。

 

 

その根っこに何があるかというと、ママのストレスがある。

自分もがんばるし、子どもにもがんばりなさいって

そんなメッセージがあるのかな、って思います。

私もズボラ。子どもも当然わたしに似てズボラだよね、

しかたないよ。

そういうところで済ませられたら

ママも子どもも、ラクになると思うんですけどね。

 

でも、ズボラ目線が足りないと

謎の「きちんとしなければ、させなければ」が過度になって

厳しすぎるしつけにつながっているケースって、

話を聞いていると、けっこう多い。

 

 

ー枡田 質問です。ズボラになりたくない人もいますよね?

そういう人はズボラって呼ばれたくないのでは?

 

ー浅倉 うーん、ひとつもズボラなところがない人って

いるんでしょうか。

誰しも、できないこと、したくないことって絶対ありますよね。

掃除は好きだけど、料理はニガテ。とか

部屋は散らかっているけれど洗濯は好き。とか

家事は好きだけど、仕事ではエンジンかからない。とか。

人付き合いするのが苦手でそこは手を抜いちゃう。とか。

できない=だらしがない私…

でも人にはいろんな面があって完璧はない

ズボラ、めんどくさがりな要素が

ひとつもない人なんて存在しない。

というのが、わたしなりの考え方です

みんなダメなところがいっぱいある。

できてないところだって、もちろんある。

 

でも、そのできないところを

自分のチャームポイントだと思えばいいんですけど

でもそれを認めないで、ムリしてがんばっちゃうとします。

 

そうすると、「自分だってがんばってるんだ、周りもがんばれ」と思ってしまう。

厳しすぎるしつけのかげには、がんばりすぎるママ自身の姿が

重なって見えます。

 

 

 

ー枡田 個人の感覚だけじゃなくて、社会的な話と思うと

まず何事においても、ズボラであってはいけない。

がんばれるところまでがんばらなくてはならない。

という日本の価値基準の問題もありますよね。

 

 

それから子育てがこんなに辛いものだという共通認識が、足りない。

お母さんならできる、

お母さんすごいよね。という神話がありますよね。

 

 

子育ては基本的にはとってもタフな仕事。だからこそ、歯を食いしばらず
「しあわせな大人」の姿を子どもに見せる方法が考えられる時代にー浅倉

 

ー浅倉 ええ。お母さんになった途端に、女性は強くなる。とか

なりませんよね・笑

 

 

だから子どもを産みたくない、という話ではなくて、

子育てをしたことでギフトはいっぱいあるけれども、

子育ては相当タフっすよ。というのを

日本社会はもっと共有したほうがいいし、

そういう中でがんばっているんだというのを理解して

まわりもサポートしてあげたほうがいい。

そんな中では、家事なんて手抜きしたって、

したりないぐらいですからね。

そこをもっと共有していくことが

できたらいいな。と思います。

 

 

ー枡田 自分が認められていない。ズボラだっていいんだ、

と思えないから人にも厳しい。

たしかに、自分に厳しい人って、人にも厳しいんですよね。

たとえば、家事をちゃんとという中で「お弁当は必ず3品」と決めていると

そうではないお子さんやおうちが気になる。

隣のお母さんに「やってないじゃない」といいたくなってしまいますよね。

 

もし、このお母さんが自分がやりたくておかず3品を作っていたらきっと、

どんな弁当もいいねとなると思うんです。

私はこんな楽しいことをして、子どもも喜んでうれしい。

それだけで終わるはずが、「あるべき」というところから始めると、

私は頑張っているのにあそこはやってないとなりがちのように思います。

 

 

ー浅倉 現代の若者の問題として、ひきこもりとか、若者の自殺率とか

そういうのを聞くと、ああ、大人の社会が

楽しそうに見えないんだろうな、と思うのです。

自分らしく気楽にやっていけばいいんだ、

「幸せな人生を歩んでいる」大人の背中を

子供たちに見せられているか、どうか。

そこが気になります。

 

ー枡田 そのためには、まず大人自身が

幸せになることが大事。

自分が満たされていないと、

まわりにもピリピリしてしまう。

 

 

ー浅倉 わたし自身、

「ママは自分で好きに生きているけれど、

それを子どもはどう思っているの?」と聞いたことがあるんです。

 

そうしたら大学生の娘から、

「あなたは私の一番身近な女性のロールモデルだから

その人がしんどそうだったら、私は大人になる気がなくなるよ。

あなたが幸せそうだから、私も安心して

大人になりたいと思えているのは、いいことなんじゃない」

と言われて。

 

でも、もちろん母親以外にも

いろんな、幸せな大人のロールモデルが

いっぱいいる社会がいいですね。

子どもたちのために歯を食いしばるのではなくて、

幸せな大人でいる姿を、背中を見せていく。

前を歩きながら見せていく。そんな社会がいいなぁ。

 

まず自分を満たすこと。しあわせじゃないと言うのでななくて
何を満たしたらしあわせなのか? すべてはその一歩からだと思うー枡田

ー枡田 SDGsでは、平和と公正は

貧困、つまり経済問題が解消されない限り、なくならないと

はっきりいっています。

満たされないと貧困=不満がテロという形で表現される。

 

貧困というと、一人の力ではなんともならない重たいものではあるんですが

フラットに見ると自分の満たされなさが、

平和を脅かすことになるんです。

 

だから満たされていないことに気づくことと

足りないものがあるなら、それを満たそうとする。

自らを満たすことで平和を作っていくことだと思っています。

 

 

ー浅倉

ええ、幸せじゃないと口をとがらせていうのではなくて、もう大人なんだから。

自分で満たしていかなくちゃ。

そのためには、自分の気持ちを素直に表現することが

必要ですね。

 

<まずはちょっとした一歩から>

完ぺきな人はいない。という視点から見たとき、できない=だらしがないは、あっていい。
ちゃんとしたお母さんであろうと思うほど、ズボラは悪に感じるかも知れません。
でも、一人の人として見たときには【どこかしら、全員ズボラ】とも言えます。

それをお互い、チャームポイントと思えるかどうか。
そのためには、何かをする時に「しなくてはならないこと」ではなくて、
「やりたくない気持ち」も大事にする。スボラ主婦連盟は、そう考えます。


育児の中で大きな悩みを占める虐待も、見直すためにはその小さな一歩から。

 

 

対談は続きます。 次回もお楽しみに。

*  *  *  *  *

さて。

なにか手抜きをすることで

生活の質を上げるズボラ道。

ズボ連のメルマガでも情報発信中です

 

ご登録はこちらから

https://anakichi.com/p/r/VpL37eQC